1. 多様な働き方が広がる中で、すれ違いが増える理由
両立する時代の組織コミュニケーションの難しさは、突然生まれたものではありません。社会の構造が変わり、働き方が変わる中で、職場の関係性だけが追いついていない。その時間差が、すれ違いを生みやすくしています。
ここでは、背景にある社会的な変化を整理してみます。
共働き前提の社会と、職場のアップデートの遅れ
総務省統計局「労働力調査(長期時系列データ)」によると、共働き世帯数は専業主婦世帯数を大きく上回る状態が続いており、仕事と家庭の両立は特別なケースではなく、多くの家庭にとって当たり前になっています。
一方で、職場のマネジメントやコミュニケーションの設計が、こうした変化に十分追いついているとは言い切れません。
制度は整いつつありますが、「どのように期待を伝え、どのように活躍を支えるか」という関係の部分は、いまも現場で模索が続いていると考えられます。
参考:総務省統計局 労働力調査
長期時系列データ
制度は整っても、不安は残る
育児休業制度や短時間勤務制度は法整備も進み、多くの企業で導入されています。厚生労働省の調査によれば、育児休業制度の規定がある事業所は大多数にのぼります。
しかし、制度があっても、それだけで安心して力を発揮できるとは限りません。
スリール株式会社が発行した「両立不安白書2025」でも、両立への不安やキャリアへの影響を懸念する声が依然として存在していることが示されています。
さらに、育児期の社員は管理職へのキャリアアップに対しても意欲的であることが示されています。
しかし「職場において自分の影響力が大きいと感じる」という自己効力感の項目では低い傾向も見られました。
制約があることで、本来の力を十分に発揮できていないのではないかという感覚が、不安を強めていると考えられます。
参考:厚生労働省「雇用均等基本調査」 |
両立不安白書2025
遠慮が重なり、対話が減る構造
共働きが前提となり、時間制約のある働き方が一般化すると、職場では無意識な遠慮が生まれやすくなります。
周囲は「負担をかけないように」と気を遣い、当事者は「迷惑をかけないように」と遠慮する。その結果、期待や本音をすり合わせる機会が減ってしまうのです。
これは、コミュニケーションの量の問題というよりも、質の問題といえるでしょう。
言葉を交わしている。制度もある。それでもどこか距離を感じる。
その背景には、「どう受け取られているか分からない」という不安が共有されないまま、積み重なっている可能性があります。
2. 両立支援の前に整えたいこと
両立を前提とした働き方が広がるなかで、多くの企業が制度整備や働き方改革を進めてきました。残業時間の削減、テレワークの導入、柔軟な勤務制度の拡充。こうした取り組みは確実に前進しています。
それでも、内閣府の「男女共同参画白書」などを見ても、出産・育児をきっかけにキャリア形成に不安を抱く層が一定数存在しています。
制度や環境が整っても、心理的な不安や遠慮が残ります。
両立は特定の層だけの課題ではなく、将来的に多くの社員が育児や介護などの時間制約を抱える可能性を考えれば、組織全体の関係設計に関わるテーマです。
この「関係設計」の重要性を示す考え方として、ダニエル・キムの「成功循環モデル」があります。このモデルでは、「関係の質」が起点となり、思考や行動を通じて結果に影響していくとされています。ここでいう「関係の質」とは、単に仲が良い状態を指すものではありません。期待や課題についても踏み込んで伝え合える関係性のことを指します。
「関係の質」が整っていなければ、制度を整えても行動は変わりにくいという視点です。
両立支援においても同じことがいえます。配慮を重ねても、「自分は期待されている」と感じられなければ、不安は消えません。一方で、制約を無視して平等を強調すれば、疲弊が生まれます。
必要なのは、制度か活躍かという二択ではなく、対話によるすり合わせにより、「関係の質」を整えることだといえるでしょう。
参考:内閣府
男女共同参画白書
3. すれ違いを減らす3つの視点
両立をめぐるすれ違いは、誰かの善意が足りないから起きるのではありません。むしろ、善意が重なり合うことで、遠慮が生まれ、対話が減っていくことがあります。
ここでは「関係の質」を整えるために、現場で見直したい視点を整理します。
「推測」から「確認」へ
管理職や同僚が「大変そうだ」と感じる場面は少なくありません。しかし、その推測が本人の実感と一致しているとは限りません。
経済産業省の「健康経営度調査」でも、従業員エンゲージメントや心理的安全性の向上には、上司との対話機会が重要であることが指摘されています。
問いかけることは、相手の負担を増やすことではありません。「今の業務量はどう感じていますか」「どんな働き方が理想ですか」と確認することは、遠慮し合う雰囲気を断ち切る第一歩です。
参考:経済産業省 健康経営の推進
承認を具体化する
厚生労働省の「令和7年版 労働経済の分析」(労働経済白書)でも、働きがいを高める要因のひとつとして、上司や同僚からの評価・承認が挙げられています。
ただし、承認は量より質です。「いつもありがとう」という言葉は温かいものですが、どの行動が、どのように役立ったのかが具体化されていなければ、「自分は戦力になっている」という実感にはつながりにくい場合があります。
どんな場面で、どんな行動が、どんな影響を与えたのか。そしてそれを見た自分はどう感じたのか。具体的なフィードバックは、両立中のメンバーにとって大きな安心材料になります。
参考:「令和7年版
労働経済の分析」(労働経済白書)
見えない貢献を、組織の資産にする
育児や介護と両立しているメンバーは、時間制約のなかで仕事を進めるために、多くの工夫を重ねています。事前の段取り、引き継ぎの整理、周囲への配慮。その多くは目に見えにくいものです。
しかし、そうした行動は、組織全体の生産性向上にもつながります。経済産業省が提唱する「人的資本経営」では、人材の能力や行動を可視化し、企業価値向上につなげる視点が重視されています。
見えない貢献を言語化し、共有することは、単なる優しさではなく、組織の力を引き出す行為でもあります。
参考:経済産業省
人的資本経営
4. 感謝の可視化が「関係の質」を変える
見えない評価が不安を生む
育児と仕事の両立をめぐる不安の多くは、「どう受け取られているか分からない」という状態から生まれます。
自分の働き方は周囲にどう見えているのか、自分の貢献はきちんと伝わっているのか。期待されているのか、それとも遠慮されているのか。こうした、見えない評価は、確認されないまま想像に委ねられがちです。
その結果、自分は役に立っているのだろうか、と不安が積み重なっていきます。
感謝や承認の言葉を受けて、「自分の行動には意味があった」と感じられることが、安心感を生み、次の行動につながります。
特に両立しながら働くメンバーにとっては、自分の時間制約の中での工夫や努力が正しく受け取られていると分かることが、大きな支えになります。
また、承認が可視化されることは、孤立の予防にもつながります。厚生労働省が公開しているメンタルヘルス関連資料でも、職場におけるコミュニケーションや周囲とのつながりが心身の健康に影響を与える可能性が示されています。
「あの場面でこう動いてくれたことで、私は安心できました」「あなたの提案で議論が前に進みました」といった、状況・行動・影響に感情を添えたフィードバックは、自己効力感を高めます。
こうした関係性を日常の中で育む方法のひとつに、感情を可視化する仕組みがあります。
その一例が「GRATICA」です。
参考:厚生労働省
働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト
「GRATICA」という選択肢
「GRATICA」は、明るい感情をカードにのせて可視化する仕組みです。デジタル上で感謝を送り合い、それを組織内で共有することができます。誰が、どんな行動に対して、どのような感情を抱いたのかが見えることで、日々の小さな貢献が埋もれにくくなります。
その結果、貢献行動が連鎖しやすくなり、チーム内の関係性の偏りにも気づきやすくなります。やり取りの可視化は、特定の人に負荷が集中していないか、孤立しているメンバーがいないかといった兆しを把握する手がかりにもなります。
大きな制度改革をしなくても、日常のコミュニケーションの質を少し整えるだけで、「関係の質」は変わります。感情をのせた言葉を意図的に可視化することは、両立が前提となった時代における、ひとつの現実的なアプローチといえるかもしれません。
5. まとめ
共働きが当たり前になり、仕事と育児・介護などの両立は特別なテーマではなくなりました。制度整備は進んでいますが、それだけでは安心や活躍の実感までは保証できません。
現場で起きているすれ違いの多くは、配慮不足ではなく、遠慮や不安が重なる構造から生まれています。周囲も当事者も気を遣っているからこそ、期待や本音がすり合わされないまま、不安が残ってしまうのです。
両立のための支援を充実させていく中で、対話によるすり合わせも求められています。推測ではなく確認すること。曖昧ではなく具体的に承認すること。見えない感情を言葉にすること。
制度を整える段階から、関係を設計する段階へ。活躍したいと願う人の想いが、前向きな行動へとつながっていくように。
小さな感情を可視化することが、関係の質を整える第一歩になるのではないでしょうか。